コラム

このページは、東洋医学(中医学)理論を解説するページです。『東洋医学について』、『東洋医学の基礎知識』、『東洋医学簡史』をベースに、『東洋医学コラム』、『養生』などを掲載いたします。

東洋医学簡史

東洋医学簡史「中国編」

隋・唐・五代期の時代(581〜960年)

この時代は『黄帝内経太素(こうていだいけいたいそ)』、『補注黄帝内経素問』などによる『黄帝内経』の整理と注解、巣元方(そげんぽう)の『諸病源候論』による病因論の発展、そのほか『千金方(せんきんほう)』、『外台秘要(げだいひよう)』などの重要な書物がでた時代です。また、この頃太医署(たいいしょ)(今でいう国立医科大学)ができました。

※『千金方』は人の命は千金に値するというところから名づけられ(いい言葉ですね〜)、医者のモラルについても論述されています。

宋・金・元の時代(960〜1368年)

この頃になると、国による医療制度の整備が進み、医学教育・医籍の出版などが進みました。また、金元(きんげん)の四大家(よんだいか)などの独自の学説が生まれ、東洋医学の種々の学説が発展しました。

「金元の四大家」一覧
大家の名前学説名学説の内容
劉完素火熱論を提唱火熱論とは、火熱が人体に多種の疾病をもたらす原因であるというもの。
張従正攻邪論を提唱攻邪論とは、人体が発病するのは、すべて邪気が人体を襲う為で、治療は速やかにその邪を除くことであるというもの。
李東垣脾胃論を提唱脾胃論とは、元気が人間の生の根本であり、脾胃が元気の源である。そのため脾胃が傷つくと元気が衰え疾病が発生するというもの。
朱丹渓相火論を提唱相火論とは、人体は、陽は常に余り、陰は常に不足する傾向にある。之により病は起こる。よって陰を補えば火(陽)は自ずから下るとし、滋陰降火(陰を補い火を降ろす)の薬を用いる。

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