太玄堂鍼灸院のご案内

このページは、鍼灸師である太玄堂鍼灸院院長福田のごあいさつ並びにプロフィールをご紹介するページです。当院へのアクセス手段も掲載しております。

ごあいさつ 〜太玄堂鍼灸院 院長福田毅より〜

太玄堂鍼灸院の名前の由来

福田の象形印みなさまはじめまして。太玄堂鍼灸院院長の福田毅です。まずは当院の名称である太玄(タイゲン)の由来から述べさせていただきます。

「太」は、ふといまたは目上の人などの呼び名につける尊称をあらわし、「玄」はくろい色、天の色、奥深くてよくわからない微妙な道理という意味があり、『説文解字』などには「幽遠也」また「黒にして赤色あるものを玄と為す」とあります。『老子』の第一章に「・・・この両者は同じきより出て而も名を異にす。同じく之を玄と謂い、玄の又玄、衆妙の門。」という言葉もあります。

つまり、東洋医学という奥深く、深遠で微妙な道理を体現(そう、「タイゲン」です)できる鍼灸院になりたい、また鍼灸治療、東洋医学を通して、みなさまとともに成長できることを願い、太玄堂鍼灸院と名付けました。この名に恥じないよう日々研鑽していきたいと思っています。

東洋医学・東洋思想に興味を持つ

私が鍼灸師になったいきさつをお話したいと思います。もともと子どもの頃からずっと東洋思想に興味がありました。いまの西洋の近代合理主義が生んだ急ぎ過ぎの時代において、何か重要なものが抜け落ちているのではないか、そしてそれは東洋の文化の中にあるのではないかという思いにかられていました。

答えはありました。人が本当の生をいきるにはどうすればよいのかということが、東洋思想・東洋医学のなかに説かれていました。それは単なる概念ではなく実効性があり、治療効果のあるものなのです。 例えば、最近では当たり前の話題になりましたが、人と自然・社会環境についての関係が、東洋医学では述べられています。

魂が癒されるとき魂が癒されるとき―気功・ホリスティック医学・ガン治療をめぐる対話』(創元社、1996年)という津村喬/帯津良一両先生の本の中でも、「昭和30年代、高度成長まえの生活水準に戻るだけでも、石油の消費量を200分の1に落とすことができ、その頃の生活に戻るのが大事だ」という趣旨のことが書かれていますが、『黄帝内経』という東洋医学のバイブル的な本の中でも、「ゆったりとしたこころもちで生活できなかったり、養生を間違えているために昔の人のように長生きできないのだ」(上古天真論篇)と書かれおり、同じ内経のなかに、季節ごとの詳しい生活の仕方(四気調神大論篇)や、食べ物と人との関係(宣明五気篇など)についても書かれています。

この黄帝内経の中では、漢方薬よりも鍼が中心に書かれています。漢方薬のバイブルとされる『傷寒論』のなかでも鍼についての記載があります(太陽病24条)。また山田慶兒先生の『中国医学はいかにつくられたか』(岩波新書、1999年)のなかでも、「中国医学を作り出せることになったものは鍼灸療法であることを、内径と難経は象徴的に物語っている」(P24)と書かれています。

サラリーマンになってはみたが、やはり鍼灸師になりたい!

月刊誌『ほくと』の表紙このように極論すれば東洋医学の根幹である鍼灸医学に常に目を向けていました。しかし諸事情から一度はサラリーマンとなりましたが、東洋医学への夢は捨てがたく、サラリーマンを辞し鍼灸学校に入学しました。

鍼灸学校を卒業後、勉強のため東京や大阪の治療院に勤務しました。そのとき北辰会という東洋医学の学術団体に出会い、会員となりました。2年間の一般会員を経て、より深く北辰会方式の理論と技術を学ぶため、北辰会の代表である藤本蓮風先生のもと内弟子として3年間修行し、東京時代を含めると5年間学ばせていただきました。そして平成17年5月より当地で開院し、現在に至っています。

北海道発、東洋医学発信基地をめざす

当院は小さな鍼灸院ですが、志は大きく、北海道の東洋医学を発信する地になりたいと思っています。 また、ひろい意味でいい鍼灸師(人としても、治療家としても)になりたいと思っています。

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