「院長の独り言」年度別

「院長の独り言」を時系列でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

「院長の独り言」年度別

2012年7月~12月の「院長の独り言」

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箴(2012年12月)

「箴」という漢字があります。「箴言(しんげん)」という言葉に使われたりします。(※ちなみに箴言は、いましめのことば、格言のことで、聖書のなかにも箴言編というのがあります。)

この字を『漢和大字典』(藤堂明保、学習研究社)で調べてみると、①はり。布をあわせて仮にとめておく竹ばり。漢方で治療するのに用いる石ばり。②いましめ、ちくりと人の心をさしていましめる、いましめのことば。深ー沈ー針と同系のことばなどがでていました。

つまり、箴は鍼(針)と同じ言葉なんですね。

私も鍼の道を歩むものとして、自身の心も鍼(箴)の道、心をいましめていく道を歩んでいきたいと思います。

『澁江抽斎』 (森 鴎外著、岩波文庫)(2012年11月)

渋江抽斎 (岩波文庫)』は森鴎外が澁江抽斎について書いた史伝です。

森鴎外と澁江抽斎の出会いは面白く、森鴎外が武鑑(江戸時代の大名や江戸幕府役人について書かれた紳士録)を蒐集しているときに弘前医官澁江氏蔵書記という朱印のある本とたびたび出会い、その中の文中に考証を記すのに抽斎云くと書かれているのがあり、弘前医官澁江氏と抽斎が同一人物ではないか?と思いそれを確かめようとしたところから始まっています。

森鴎外と澁江抽斎は同じ医者であり、同じく武鑑の蒐集家であり、抽斎も鴎外と同じように芸術に造詣が深く、また哲学方面の書も読んでいたので、鴎外は抽斎にかなり思い入れがあったのではないでしょうか?

事実を淡々と述べた文章なのですが不思議と抽斎自身や彼の人柄・人格的な良さも生き生きと伝わってきました。

本書の面白かったもう一つの点は、抽斎と同時代の人が丁寧に描かれていることです。

個人的に面白かったエピソードの一つは、漢方医の池田独美は最初家伝の痘科を一子相伝に止め他人に授けることを拒んだが、一人の良く救う所には限りがある。良法があるのにこれを秘して伝えぬのは不仁であるとの人の諫めに、その後、誓紙に血判をさせて弟子を取った。門人は次第に増えて歿するまでに五百人を超えたというもの。

もう一つは、森枳園(立之)がある事情で仕えていた阿部家の禄を失って江戸から相模の国に夜逃げをし、内科外科だけでなく、頼まれれば按摩や産婆やほねつぎや獣医のまねごとまでしたそうです。

考証学の大家である森立之にもこんな時代があったんですね。

ちなみに森鴎外は漢方医の小嶋宝素や伊沢蘭軒についても書いています。

『徹底図解 東洋医学のしくみ』(兵頭 明監修、新星出版社)(2012年10月)

患者さんからたまに、「一般の人向けの東洋医学に関する本で何か良いのはないですか?」と聞かれます。

最近はこの『徹底図解 東洋医学のしくみ―気・血・津液から鍼灸、漢方治療まで』を紹介しています。

監修の兵頭先生は現代中医学を日本に紹介した草分けのひとりでもあります。

本書を読めば東洋医学の全体像が分かるように書かれていますので、興味のある方は読まれてはいかがでしょうか。

『総合診療医ドクターG』(2012年9月)

『総合診療医ドクターG』は、NHK総合テレビで毎週木曜日の22:00~22:43に放送されている番組です。

現在の放送は第3シリーズで残念ながら今月の9月27日で終わりとなりますがとても興味深い番組でした。

番組内は浅草キッドを司会に「ドクターG」と呼ばれる現役医師が出題者となり、実際に「ドクターG」が関わった症例の再現ドラマの後、その時点で考えられる病名について現役若手医師の「研修医」と症例検討会形式の討論を経て病名を絞り込んでいき、正解と解説が発表されるというものです。

私が個人的に面白いと思ったのは、ドクター ジェネラル(総合診療医)が問診と簡単な検査で病名を推論していくところで、患者の様々な症状から根拠に基づき可能性のある病名をいくつか挙げ、患者の症状における矛盾点から消去していき正解を導きだすというところでした。

これは私達が行っている「弁証論治」そのものです。

もちろんドクターであれば西洋医学的な病因論・病理論により「病名」を導きだし、私達は東洋医学的な病因論・病理論により「証」を導きだすので背景となる理論は全く異なりますが、正解を導きだすための論理的な手続きは一緒でした。

その他番組では、よくある病気から考える、危険な病気から考える、体を一元的に考えるなど私達と共通する考え、参考になる考えがありとても面白かったでした。

『鍼狂人の独り言』(藤本連風著、メディカルユーコン)(2012年8月)

しばらく鍼灸に関する本を紹介していなかったので、今回は『鍼狂人の独り言』を紹介します。

藤本先生のブログ「鍼狂人の独り言」の第1回~300回をまとめたものです。

専門的な話も多々あり、一般の人が読むには難しいところもありますが、鍼灸の素晴らしさを分ってもらうには一番の本だと思います。

私が説明するよりも、実際に読んでいただくのが一番だと思いますので、興味のある方には是非読まれることをお勧めします。

『ユルかしこい身体になる』(片山 洋次郎著、集英社)(2012年8月)

ユルかしこい身体になる ―整体でわかる情報ストレスに負けないカラダとココロのメカニズム―』は整体の視点から見た文化論というような本です。

生まれた時からインターネットや携帯があったデジタルネイティブと呼ばれる世代とそれ以前の世代とでは身体が異なり、それは高度な情報化社会に適応するための身体の変化だと著者は言います。

その一つの表れが胸(ツボでいうとダン中の部位)が硬くなるということ。

整体で言うと胸は情報のセンターであり、情報を受け取ると微妙に伸びたり縮んだりしている、それが情報の量が多いとうまく働かなくなり胸が硬くなる。

ちなみに私たち鍼灸師の視点ではダン中は心に関係したツボであり、心に負担がかかっているようなときにこのツボをよく使います。

本書ではこのように胸の硬直化の例として、以前は「頭にくる」と言っていたのが今は「ムカつく」と表現し、頭で考える時代から胸で考える(感じる)時代になってきたのではないかといいます。

他の例として行列に並ぶとき、胸が硬直化している人ほど無意識に自分の前の人と距離を広くとるとか、会話で「僕って○○じゃないですか」というのも無意識に自分と相手との心理的距離を自分を客観視することによってとろうとする働きだと捉えます。

その他にも面白い内容が多々あり読みごたえがありました。

東洋的な身体観が現代に果たす役割は多々あると思いますし、事実古武術や整体の分野からは幾つかの書籍が出版されたりしています。

私たち鍼灸師も、鍼灸・東洋医学・東洋思想という立場から治療はもちろん大事ですが、現代に有用なものの見方考え方を発信していくことも大事だと思います。

『真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学』(林田明大著、三五館)(2012年7月)

真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学』は陽明学について非常に分かりやすく書かれている本です。

陽明学とは中国・明の時代に王陽明によって生まれた儒教の一つの流派です。儒教は孔子によって打ち建てられた中国を代表する思想で、宋の時代朱子によって朱子学という形で大きな展開をむかえます。陽明学は朱子学への一つのアンチテーゼとして生まれた側面があります。

陽明学は中国よりも日本において大いに広まりました。特に幕末の雄藩や庶民の間で大きく広がり明治維新やその後の日本の発展にも大きく貢献しました。

陽明学を簡単にいうと「致良知」(良知を致(いた)す)ということで、良知とは仏教でいえば「仏性」のことで誰もが本来持っている天とつながる本当の心です。それを「致す」つまり「行う」ということです。

「良知を行う」というこで誰でも分かる簡単なことですが実際に行動するのはなかなか難しいです。

それは人間には欲や感情があるから、一律に欲や感情を抑えつけるのではなく、陽明学では良知によってそれをコントロールすることを学びます。

だから、陽明学では仏教のように出家するのではなく、日常生活そのものが、世俗の中で困難にあいながら良知を致していくことが自分自身を高める重要な修養だと考えるのです。

陽明学のいいなぁと思うところは神や教祖を崇めるようなものではなく、あくまで自分自身の内なる声、本当の心、良知に従って行動していくということです。

久しく混迷な時代と言われ人生の羅針盤が必要とされる現代、陽明学のようなものが求められているのかもしれません。

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