「院長の独り言」年度別

「院長の独り言」を時系列でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

「院長の独り言」年度別

2015年1月〜6月の「院長の独り言」

『無(T〜V)』(福岡正信著、春秋社)(2015年6月)

『無(1〜3)』福岡正信著本棚を整理していたら、私が学生の頃に読んだ3冊の本『無[T]神の革命』、『無[U]無の哲学』、『無[V]自然農法』が出てきたので改めて読んでみました。

著者の福岡正信さんは自然農法の先駆けで、現在自然農法の指導的立場の人々のなかにも福岡さんの影響を受けてその道に入ったかたも多々いらっしゃいます。

著者は禅的な思想を背景に人間のいっさいのはからいを無くしたあるがままの世界、自然(じねん)の世界を追い求め、それを農業という実践を通じて表現しようとした方です。

『無[T]』では著者の無の思想の説明があり、『無[U]』では西洋近代の哲学と比較しながらの無の思想の説明、『無[V]』では無の思想による自然農法の説明となります。

私は学生の頃この本を読んで、非常に強い憧れと反発を覚えたものでした。

憧れは単なる頭の中だけの思想ではなく実践する思想であることでした。

その当時、思想は知行合一ではないですが、単なる机上のものではなく、実用のもの、実践して有用なものでなくてはならないという強い思いがあったからです。

反発は、釈迦でもキリストでもない凡夫の我々が、一切のはからいの無い、悟りのような無の境地に本当に辿りつけるのだろうか?

一切のはからいを捨てるとなると原始人の様な生活になるが、そんなのは所詮無理な話で、科学の行き過ぎを咎めるとしてもある程度バランスのとれた所で落ち着くより他は無いのではないか?

科学も謂わば道具の様なものだから悪用にも有用にもなるのではないか?

そんな疑問を持ったものでした。

私はサラリーマンを辞める時、東洋医学の道に行くか、自然農法の道に行くか迷いましたが、この本の影響も少なからずあった様に思います。

科学技術は凄いもので、巷には色んなモノが溢れ、社会の様々なシステムも高度に効率化した現代。

時間は加速度的に小刻みになり、人間はますますせっかちになり、高度に管理された息苦しい社会となっている気がします。

「科学は確かに世の中を便利にした、しかし、本当に人を幸せにしたのだろうか?」

著者はこの様に我々に問いかけているように思います。

無[T]神の革命 無[U]無の哲学 無[V]自然農法

『猟師の肉は腐らない』(小泉武夫著、新潮社)(2015年5月)

猟師の肉は腐らない本書『猟師の肉は腐らない』は著者の友人である義しゃんという猟師のもとに数日泊り込んだ体験を面白おかしく書いた本です。

ただ面白いだけでなく、そこには昔から伝わる生活の知恵がふんだんにあり、無くしてはいけない文化だと思いました。

著者が裏の物置から猪の肉を持ってきた義しゃんにどうして腐らないんだろうと尋ねると、
「わげね。腐んねえようにしてあんだ。 ぶつ切りした肉に潮まぶしてない、それを縄できつく縛ってからよ、囲炉裏の天上に吊るしておくんだわい。そうすっと、ほら、煙で燻されっぺ。三月ぐれい吊るしておけばあとは大丈夫なんだ。」
と事も無げに答え、灰燻し(はいいぶし)という他の肉の保存方法も著者に教えます。

灰燻しは直径40センチ深さ50センチぐらいの穴を掘り、枯れ葉と生葉を混ぜたものを穴に厚く敷き、下処理した野兎などを置きその上に混ぜた葉を被せ、その上に枯れ葉のみをてんこ盛りにし、火を付ける。そうすると煙で燻されるのと、灰の働きで肉が保存できるようになるというものです。

猟師の肉は腐らないの帯私が個人的に興味を覚えたのは、牛蒡(ゴボウ)の葉に虫に刺されたときの腫れを引かす働きがある切り傷のとき手元に薬が無い時は灰を塗ると良いといった、蓬(ヨモギ)やペンペン草も傷に良いと知っていることでした。

ちなみに、蓬(ヨモギ)は漢方では“艾葉”といい止血作用があります

ペンペン草は春の七草の“薺(ナズナ)”のことで、漢方では“薺菜”といいこれにも止血作用があります

正統な漢方の立場からすると民間療法というのは一段低く見られがちですが、山の民に昔から伝わる知恵というものも見過ごしてはならないと思いました。

『養生訓』(貝原益軒著、松田道雄訳、中公文庫)(2015年4月)

養生訓本書『養生訓』は江戸時代に貝原益軒が83歳のときに書いた養生についての本です。

『養生訓』は養生についての単なるハウツーものではなく、養生についての心構えも説いています

『養生訓』は「人のからだは父母をもとにし、天地をはじまりとしたものである」という言葉からはじまります。また「人の命は我にあり、天にあらず」という言葉も書かれています。

これは要するに、命・身体は大切なものだから粗末に扱うな、大事に扱えば丈夫に長持ちするということです。

どのように身体を大事に扱うか、それは身体を損なうものを避ける、つまり内欲と外邪を避けるということです。

内欲とは飲食の欲、好色の欲、眠りの欲、おしゃべりの欲、七情の欲などで、外邪とは風寒暑湿であると『養生訓』で述べています。

養生訓ここで現代中医学では外邪は風寒暑湿燥火の6つですが、『養生訓』では風寒暑湿の4つです。

暑と火はほぼ一緒なので暑に含めたとして、燥が無いのは何故か。

日本は基本的に梅雨もあり湿気が多い国なので燥邪による病は当時少なかったためだと思います。

内欲ですが畏や忍や少という言葉を使い、好き勝手せず欲を我慢することを述べています。

とくに飲食の欲、食べ過ぎを重要視していますが、運動せず怠けていたいのも一つの欲であると思います。

また七情は感情のことで、心は身体の主人なのだから、いつも心を安らかにして心気を養わなければならないとしています。

現代においてもストレスなどでイライラしたり思い悩んだりして、心の平安が乱されるのは注意しなければなりません。

『養生訓』には目の洗い方、歯の洗い方、入浴の仕方、房中などの細かいハウツー的な部分もありますが、『養生訓』は大要としては欲を少なくして心を平安にし、時々運動して気血を循環させ、外邪の悪影響を受けないように注意する

当たり前といえば当たり前のことですが、当たり前のことを当たり前に行うことが大事なのだと思います。

『西太后 最後の十三日』(宮原 桂著、牧野出版)(2015年3月)

西太后 最後の十三日の表紙本書『西太后 最後の十三日』は清朝皇室のカルテ集『清宮医案研究』を基に西太后や光緒帝の最後を描き出しています。

清朝の宮中には太医院という部署があり、宮中医が皇帝をはじめ宮中の治療を東洋医学で行っていました。

謂わばその時代の最高の東洋医学がカルテを通して垣間見れるのは同じく東洋医学を行っている者にとってとてもわくわくすることです。

宮中医として皇帝に仕えることは虎と眠りを共にするようなものだという言葉があるように、太医院の宮中医は栄光と転落が背中合わせの世界だったようです。

太医院には医学教育を行う教習庁があり、そこでの基礎教育は『類経注釈』『本草綱目』『傷寒論』の三書だったそうです。

太医院の宮中医は教習庁の卒業生の他、各地からの推挙によって入った優秀な者もいたようです。

鍼灸を生業としているものとして、ただ残念なのはこの時代、太医院には鍼灸科が無かったことです。

この時代、大方脈(内科)、小方脈(小児科)、外科、眼科、口歯科の五科だったそうです。

清朝初めには、大方脈(内科)、小方脈(小児科)、傷寒科、婦人科、瘡瘍科、鍼灸科、眼科、口歯科、咽喉科、正骨科、痘疹科の十一科で鍼灸は重要な一翼を担っていたのに残念です。

これは漢民族と満州民族の文化の違いなのかどうか分かりませんが、清朝になって鍼灸がある意味衰退したことになります。

もちろん民間の間ではそれなりに鍼灸が行われていたのでしょうが、国の公的なレベルでは間違いなく衰退したということになると思います。

気になる西太后の最後ですが、本書によると西太后は74歳という年齢もあり夏ごろがら下痢が続き体力が弱っていたところに感冒に罹り、それが治りきらないうちに4日間続く誕生祝賀会出席というハードスケジュールをこなして急激に体調が悪化し最後は心不全により亡くなったというものです。

西太后の最後が、まるでドラマのように描かれていてとても面白かったです。

北海道での薬用植物生産(2015年2月)

漢方薬で通常よく使われる生薬は200種類ほど、北海道で生産可能とされているのはその中の60種類ほどですが、実際に現在北海道で生産されているのはたった15種類ほどだそうです。

北海道での薬用植物生産の歴史は古く1700年代松前藩の人参の栽培からになります。

1070年代までは北海道各地での薬用植物の栽培は盛んでしたが、1972年の日中国交正常化以降は安い中国産に押され衰退していきます。

近年中国産の生薬も価格が高騰してきており、また日中関係に左右されない原料確保の観点からも日本国内での漢方薬原料の栽培の必要性が高まっています。

現在日本国内生薬使用量の12%ほどが日本国産で中国産は81%になります。(2010年度)

そんななか大規模な北海道での薬用植物生産の取り組みが始まっています。

帯広での「センキュウ」「ダイオウ」の栽培や、豊浦町での「トリカブト」、名寄での「トウキ」「カノコソウ」、函館での「トウキ」、日高での「カンゾウ」、八雲町での「トウキ」「ソヨウ」の栽培などがあります。

また夕張に株式会社ツムラの子会社の株式会社夕張ツムラがあり北海道で原料生薬の生産・加工・保管事業も行っています。

日本国内産の漢方生薬を増やすためにも、北海道でもっと薬用植物の栽培が増えることを心から望みます。

漢方薬関連の参考サイト

株式会社夕張ツムラについては、「漢方のツムラ公式サイト」の「ツムラについて」から「ツムラグループ」をたどるとご覧いただけます。

また、今回の記事でご紹介した生薬については、「武田薬品工業株式会社 タケダ健康サイト」、「養命酒製造株式会社の公式サイト」上等で、各生薬の解説をしておりますので、そちらもご参照ください。

2015年年始のご挨拶 〜一途に鍼灸道を邁進す〜(2015年1月)

あけましておめでとうございます。

本年も無事にお正月を迎えることができました。

当院は平成17年5月に開業し、10年目を迎えようとしています。

これもひとえに太玄堂を支えてくださる家族、友人そして患者の皆様のお蔭だと思っております。

少しでも皆様方にお返しができるように本年も精進したいと思っています。

私の好きな言葉に
士人、百折すれども回せざるの真心有りて、わずかに万変すれども窮せざるの妙用有り。」(『菜根譚』より)
というのがありますが、不器用でもあきらめずに、一途に歩むことが大切というもので、これからもこの心を忘れずに一途に鍼灸道を邁進したいと思います。

『菜根譚』関連の参考書籍
菜根譚[決定版]菜根譚
洪自誠著、今井 宇三郎翻訳守屋 洋著
岩波書店
(岩波文庫)
PHP研究所

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