「院長の独り言」年度別

「院長の独り言」を時系列でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

「院長の独り言」年度別

2017年7月〜12月の「院長の独り言」

NHKスペシャル シリーズ「人体」(2017年11月)

現在NHKスペシャルで放映しているシリーズ「人体」、すでに第2集まで放送されましたが、来年3月までほぼ月一回のペースで放送され、次回は12月3日放送予定です。

この「人体」シリーズでは新たな科学的知見によって、これまでとは異なる「人体は巨大ネットワークである」という新しい人体観を教えてくれています。

私が学校で学んだ頃の人体の(西洋医学的な)イメージは、国でいえば中央集権国家のようなもので脳が中心で体のあちこちに指令を出しているというものでした。

ところが最新の科学的知見で、「サイトカイン(細胞間情報伝達物質)」や「マイクロRNA」など、さまざまな名前で呼ばれる物質を、脳以外のあらゆる臓器や細胞が出し、情報をやりとりしており、「人体は巨大ネットワークである」というものでした。

国でいえばある意味、地方分権でそれぞれが協調しあって働いて全体性を保っているというものでしょう。

この話を聞いて私は東洋医学の五臓の考え方と近いのではないかと思いました。

東洋医学では心が君主の官として一番大事なものとしているのですが、心肺脾肝腎のそれぞれが相互に働き、協調しあって全体性を保っています。

五行的にいえば相生相克という表現になりますが、一つの臓は相生相克により他の4つの臓に繋がっています。

これまでの科学は人体を臓器から細胞へ、さらに分子の世界へと、どんどん細かなパーツに分類し、一つ一つの「部品」を調べることで、人体の理解を深めてきました。

そして、その「部分」を対象とする研究から、部分同士の「関係性」を対象とする研究に変わりつつあるということだと思います。

その新しい研究から「人体は巨大ネットワークである」という東洋医学と近い人体観が生まれたのはとても興味深い事だと思いました。

NHKスペシャル シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワークの放送日及び放送予定
  • プロローグ 神秘の巨大ネットワーク 2017年9月30日放送
  • 第1集 腎臓が寿命を決める 2017年10月1日放送
  • 第2集 驚きのパワー!脂肪と筋肉が命を守る 2017年11月5日放送
  • 第3集 発見!骨が若さを呼び覚ます 2017年12月3日放送予定
  • 第4集 アレルギーの鍵は腸にあり 2018年1月7日放送予定
  • 第5集 徹底解剖!ひらめく脳の秘密 2018年2月4日放送予定
  • 第6集 生命誕生・あなたを生んだミクロの会話 2018年3月18日放送予定
  • 第7集 人体は謎に満ちている 2018年3月25日放送予定

詳しくは「NHKスペシャル シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク 公式ウェブサイト」をご覧ください。

△ページTopへ戻る

『杏林史話・伝説―神代から現代まで』(松田義信著、東洋出版)(2017年10月)

杏林史話・伝説本書『杏林史話・伝説―神代から現代まで』は古くは神農や黄帝などの伝説から新しくは中国の文化大革命による伝統医学への排撃など中国医学の歴史上のお話しが書かれています。

本書のタイトルともなっている杏林の伝説は次のようなものです。

廬山に住む董奉は仁医として知られ、貧しい人から報酬を受け取らなかった。

それで村人たちはお礼として董奉の家の周りに杏の木を植えた。

やがて董奉の周囲は広大な杏の林となった。

杏の実がなると董奉はこれを貧しい村人達に配った。

董奉が亡くなると村人はその徳を慕って杏の林の中に董奉の祠を建て、「董仙杏林」と呼んで守り続けたという。

これ以来、杏林の二字は仁医を、さらには医界や医家を指すようになった。

日本においても杏林の二字を使った製薬会社や大学があり、また薬局などの医療関連施設でもよく使われています。

本書の中で、個人的に面白かったのは、堂の由来です。

歴史的に医院や薬店に「堂」の文字をつけることが多いのですが、その由来です。

昔の中国には2タイプの医師がいました。

一つは、「鈴医」といい鈴を鳴らしながら街や辺鄙な村を巡り、求めに応じて医や売薬を行うものです。

もう一つは、張仲景が始まりと言われていますが、「座堂行医」といい公堂に坐して大衆に医を行うものです。その後、居をかまえて医を行うその医院や薬店に堂の名前を付けるようになった、というものです。

日本においても堂の付く病院や薬局や鍼灸院が(当院もそうですが)けっこうあります。

なにげない名称のなかに、歴史的な意味が含まれているのですね。

△ページTopへ戻る

『日本の名薬』(宗田 一著、八坂書房)(2017年9月)

本書『日本の名薬』は、万金丹、反魂丹、ガマの油など日本各地に伝わる薬について、それぞれの薬の由来や当時どういう様子だったのか、ということが書かれています。

現代でもそうですが、江戸時代も医者に処方される薬と一般の人が自分で買う薬がありました。

万金丹、反魂丹、ガマの油などは一般の人が自分で買う売薬でした。

万金丹はお伊勢参りのお土産として伊勢白粉とともに全国に広まりましたし、反魂丹は越中富山の売薬行商による配置薬として全国に広まりました。

ガマの油は香具師が露店で口上とともに販売していました。

ガマの油の口上は関東と関西で異なり、関東では筑波山で関西では伊吹山だったようです。

面白いのは万金丹、反魂丹、ガマの油、それぞれ落語のお話の中に出てきます。

それだけ庶民に親しまれていた、ということなのでしょう。

あと面白かったのは、近江の返本丸、これは牛肉の味噌漬なのですが、彦根藩から徳川将軍などに毎年寒中見舞いに薬用として送られていました。

江戸時代は基本的には肉食はしていなかったのですが、薬餌としての肉食、いわゆる薬喰として猪、鹿、牛などの獣肉が食べられていました。

また薬喰に広くは鮭、鰻、鶏卵なども含めていたようで、動物性たんぱく質を薬として服用していたことがわかります。

本書を通して江戸時代の薬の様子が垣間見えてとても面白かったです。

△ページTopへ戻る

タイプ論(2017年8月)

伝統的な思惟方法の一つに世界をいくつかのパターンに分けてそれぞれの関係性で説明するというのがあります。

この思惟方法を人間に当てはめて考えるとタイプ論ということになります。

卑近な例だと血液型占いがそうです。

A型はまじめ、O型はおおらか、とかのやつですね。

血液型占いの是非はともかく、もう少し学術的なものでは、エゴグラムやエニアグラムなどがあります。

それぞれ心の働きを5つや9つに分類しそれぞれの過多によって性格を説明しようとするものです。

面白いところでは類人猿診断というのもあります。

オラウータン(単独行動で職人気質)、チンパンジー(ムラッ気はあるがリーダーシップがある)、ゴリラ(秩序を守る物静かなタイプ)、ボノボ(愛嬌があってお互いの気持ちを大切にする)の4タイプに人を分けて、チームで仕事をするときはすべてのタイプがそのチームにいると、チーム内のコミュニケーションが良くとれ、チームの働きが良くなるというものです。

東洋思想においては、陰陽や五行などによって世界を分析し説明していました。

ちなみに、五行の分類の一例として、『霊枢』の陰陽二十五人篇によると、人を五行に分けたそれぞれの容姿について述べています。

  • 木形の人:頭は小さく、顔は長く、肩と背は広く、身体は真っ直ぐ、手足は小さい。
  • 火形の人:背脊は広く、面は痩せ、頭は小さく、肩背髀腹の発育は良く、手足は小さい。
  • 土形の人:丸顔で、頭は大きく、背背は豊かで健康美があり、腹は大きく、下肢は大腿から足脛にいたるまで壮健で、手足は小さく、肌肉は豊満で、全身の上下それぞれ均整がとれている。
  • 金形の人:顔が四角で、頭が小さく、背背が小さく、腹が小さく、手足が小さく、足首から下が硬く丈夫。
  • 水形の人:頭が大きく、頤が広く、両肩は小さく、腹部は大きく、手足を動かすことを好む。

私達が古典を学ぶには、昔の人がどの様にして、ものを見、考えたかというところも知る必要があるように思います。

△ページTopへ戻る

『日本の名著〈20〉三浦梅園』(山田慶児責任編集、中央公論社)(2017年7月)

本書『日本の名著〈20〉三浦梅園』には三浦梅園の著作の『玄語』『贅語』『造物餘譚』(『玄語』『贅語』は抄録)が収められています。

三浦梅園は江戸時代の思想家です。

三浦梅園の著作は難解なので、その思想は分かりづらいのですが、簡単に言うと、条理学という独特の陰陽論を打ち立てました。

時代は西洋の学問が日本にどんどん入り、特に天文学や解剖学の影響は大きかったときでした。

そんななか三浦梅園はおそらく今迄の伝統的な陰陽五行理論ではこの世界・自然をうまく説明できないと考えて新たな説明工具として条理学を作りだしたのだと思います。

解説で山田慶兒はシンメトリーの哲学と三浦梅園の思想を表現していますが、三浦梅園の思想の特徴は、五行を否定し、「反観して合一する」ものを陰陽の対として捉え、その陰陽の対が無限に続いていく世界観です。

易でいえば、太極から両義が生れ、両義から四象が生れ、四象から八卦が生まれる。

つまり、一から二が生まれ、二から四が生まれ、四から八が生まれる。

梅園の思想では、それが無限につづく世界です。

三浦梅園はその体系を作るのに、新たな用語や定義など工夫をしています。

天円地方という言葉があるように伝統的には円と方(四角)が対ですが、三浦梅園は直円を対としました。

日月も伝統的には対ですが、三浦梅園は日影を対としました。

また、声(名称)と主(実体)、反(反対のもの)と比(同類のもの)、剖(全体と(分かれた二つの)部分との関係)と対(分かれた二つの部分同士の関係)というように新たな定義づけをしています。

私が個人的に好きなのは「一はとりもなおさず一一であり、一一はかくて一である」という『玄語』(本宗 陰陽)の中の言葉です。

いままでの伝統では「一は二を生じる」というものですが、三浦梅園は「一は一一を生じる」と言っているのです。

二ではなく一一としているところが面白いです。

これは太極から分かれた陰陽という二つの部分と太極という全体の関係性を述べているのであり、太極から分かれた陰陽はそれぞれ太極である。

つまり全体から分かれた二つの部分はそれぞれが全体性を持っている。

現代でいえばフラクタルやアーサーケ・ストラーのホロンに類する概念を考えていたのだと思います。

また、「反観して合一する」という考えはヘーゲルの正反合の弁証法との類似も指摘されています。

三浦梅園の思想は、東洋思想のいくつかある発展の可能性の一つと言ってよいのかもしれません。

△ページTopへ戻る

院長の独り言メニューへ戻る

△ページTopへ戻る