「院長の独り言」年度別

「院長の独り言」を時系列でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

「院長の独り言」年度別

2018年1月〜6月の「院長の独り言」

古医方(2018年4月)

古医方は古方派ともいはれ、江戸時代の漢方医学の流派のひとつです。

それまでの江戸時代の医学の中心である宋元以降の医学理論ではなく、唐以前の医学特に『傷寒論』『金匱要略』を中心にし、親試実験(自ら試み、事実によって確かめる)を重んじました。

古医方は名古屋玄医を嚆矢として後藤艮山、香川修庵、山脇東洋、永富独嘯庵、吉益東洞などを輩出しました。

吉益東洞は人体解剖には批判的な立場でしたが、山脇東洋は『蔵志』という人体解剖の本を著し、後に『解体新書』を著す杉田玄白などの蘭方医達に影響を与え西洋医学の先鞭となりました。

医学史の本などでは、それまでの陰陽五行という難解・抽象的理論が先行した空理空論から親試実験という科学の芽生えが古医方によって起きたがまだ十分ではなく本当の科学が日本で起こるのは西洋医学の導入を待たなければならなかった、というようなことが書かれていることが多いです。

私の個人的な見解としては、古医方以前の日本の医学(後世派)も十分優れた理論を持ち、決して空理空論だとは思いませんが、それまでの理論を運用するうえで上手くいかない場合もあっただろうとは思います。

それまでの理論だけではどうしても如何様にも取れうる曖昧さが残る部分があり、古医方家達は処方するうえで確たるものが必要だったのだと思います。

そこで古医方家達が重要視したのが方証一致であり腹診だったのだと思います。

方証一致(方証相対)は鍵と鍵穴の関係に例えられますが、これこれの症状があればこの漢方薬というふうに患者の症候群によって処方が規定されるものです。

また腹診は古医方以前からあったものですが、古医方家達に腹診がより重要視されていきます。

腹という体表に現れた情報を手によって確かな手応えとして(もちろんそれなりの熟練は必要ですが)得られるというのは診立てを確実にする為の一つの方法といえます。

現代に生きる我々鍼灸師が古医方から学べるものがあるとすれば、体表の情報を手で探る技術をもっと重要視することかもしれません。

手で探った確実な情報が診立ての確証となると思います。

我々鍼灸師は体表観察、指頭感覚の技術をもっと磨いていかなくてはならないと思います。

△ページTopへ戻る

易の知恵(2018年3月)

易にはいろいろな知恵が書かれています。

その中で根本的な知恵のひとつが地天泰の卦です。

易者の看板にもこの卦が書かれていますが、天が下り地が上る、天地陰陽が交流するという卦です。

例えるなら、会社でいえば社長が社員の目線まで下りてきて話を聞き、社員が上司に積極的に意見を言う感じです。

その反対なのが天地否の卦で、天が上り地が下り天地陰陽が交流しない卦です。

先ほどの会社で例えるなら社長が威張っていて社員に目もくれず、社員も上司に対してそっぽを向いている状態です。

これを別の卦でいえば風雷益と山沢損となります。

風雷益は天地否の上の一陽が下に降りたもので、先程の例でいうなら社長と社員がお互いにそっぽを向いていたのが、社長の方から社員に目を向け胸を開いていくというものです。

山沢損は地天泰の下の一陽が上に登ったもので、社員が上司に改革案を進言するようなものです。

卦名は損ですがマイナスなものではなく、この卦の説明で「損して得取れ」とよく言われますが、先ず与えよということです。

これらの卦は易はいわゆる温情主義的な思想を持っていることを示していると思います。

人の生き方として「仁」を教えの中心にした孔子の儒教において『易経』が経典の一つとされたのも易の温情主義的な面があったためと思います。

しかし易はそんな温情主義的な面ばかりではありません。

火雷噬ゴウという卦があります、例えるなら上と下の歯の間に硬いものがあり邪魔しているというものです。

その卦辞は「噬ゴウ亨利用獄」で障害物は排除しろという厳格主義的なものです。

西洋では『易経』は『変化の書』と呼ばれています。

易はTPO、状況に応じて臨機応変に対応する柔軟さも教えています。

方円に随う水を一つの理想とした老子の道教においても『易経』が経典の一つとされたのは、この様な易の状況に応じて臨機応変に対応する柔軟さがあるためだと思います。

このように東洋思想(中国思想)の2大思想の(一見相反するように見える)儒教と道教のどちらにおいても『易経』が経典とされており、易の知恵が間違いなく東洋思想の根幹の一部を形作っているのだと思います。

△ページTopへ戻る

象数と蔵象 〜易学を学び東洋医学の理解を深める〜(2018年2月)

易学に象数という言葉があり、東洋医学においても同じような言葉として蔵象という言葉があります。

象数の象というのは外側に現れるさまざまな現象のことで、数は「かず」なのですがここでは卦のことです。

卦の出し方は50本の筮竹から1本を太極として抜き、残りの49本を無作為に左手(天)と右手(地)に分け、右手のものをテーブルに置き、そこから1本(人)を左手に加えて、その左手の本数から8つずつ払っていきます。そして8つで払えずに余った数によって八卦が決まります。

ちなみに余りが1ならば乾、2ならば兌、3ならば離、4ならば震、5ならば巽、6ならば坎、7ならば艮、余りが0ならば坤となります。

つまり数と八卦は同義といえます。

易学の立場では森羅万象、世界の全てが八卦乃至それを敷衍した64卦で表現できることになっています。

しかし実際に、例えば占いなどで卦を出した時にそれをどのようにして現実世界と結びつけて解釈するのか、この大きな問題の解決手段の一つとして、卦に現実世界の事物や現象を結び付ける作業が象数ということになります。

つまり本質(卦)と現象(象)の問題で、様々な現象は表層的なもので本質である八卦に帰一する。

東洋医学の蔵象も同じで、蔵は体の隠れたもの、つまり内臓、五臓六腑で、象は体の外に現れる現象です。

つまり体の外に現れる現象は生理的であれ病理的なであれ、すべて内臓(五臓六腑)の状態によるものである。

そこから体の外に現れる現象を考察することにより、体の中、内臓(五臓六腑)の状態を知ることができるし、またこのことから表層的な表に現れる現象に振り回されることなく本質に注視することの重要性を示しているともいえます。

この様に易学を学ぶことは東洋医学の理解を深めることにもつながると思います。

△ページTopへ戻る

2018年年始のご挨拶 〜易を学ぶ〜(2018年1月)

あけましておめでとうございます。

本年も無事にお正月を迎えることができました。

これもひとえに太玄堂を支えてくださる皆様のお蔭だと思っております。

少しでも皆様方にお返しができるように本年も精進したいと思っています。

本年は、東洋思想の根幹の一つである「易」をもう少し学んでみたいと思っています。

これまでも何度か挑戦しては玉砕していますが、少しでも前進して何かしら学べたらと思っています。

本年も皆様がご健康にお過ごしできますよう心よりお祈り申し上げます。

△ページTopへ戻る

院長の独り言メニューへ戻る

△ページTopへ戻る