「院長の独り言」ジャンル別

「院長の独り言」をジャンル別でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

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「院長の独り言」ジャンル別〜2011年〜2013年に紹介した書籍

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鍼灸・東洋医学関連書籍

『5行循環 藤田六朗論考集第4集』(藤田六郎、医道の日本社)(2013年4月)

先日古書店で、『5行循環 藤田六朗論考集第4集』を見つけ早速買って読んでみました。

陰陽五行はともすれば非科学的、迷信と思われている中、様々に論を張って陰陽、五行、十干十二支の真実性が述べられていました。

例えば、五行と元素の関係や五行と五星の関係や暦との関係などチャレンジングな論もあり興味深かったです。

個人的には牽強附会の感じを多少受けましたが・・・。

ただこの時代に陰陽・五行の見方の枠を広げるチャレンジングな試みがなされたというだけで意味があると思います。

「陰陽と五行は同一現象の見方の差に外ならない」と本書に書かれてました。

同感で陰陽五行も含めすべての理論は物事を認識・理解するための道具にすぎないのであって、有用であるか?使いやすいか?自分の好みか?など様々な要因によって各個人が道具を選択して用いているだけです。

道具であれば自分の使いやすいように改良するのも理にかなったことのように思います。

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『漢方一貫堂の世界』(松本 克彦著、自然社)(2013年2月)

漢方一貫堂は幕末に生れ明治大正昭和と活躍された森道伯先生が創始した日本漢方の流派です。

日本漢方は大きく分けると古方派と後世派とに分かれますが一貫堂は後世派の流れを汲みます。

一貫堂医学では基本的に3つの証に分けそれぞれに応じた処方をします。

森道伯の弟子として矢数格、矢数道明、石野信安などがいます。

鍼灸との関わりでいえば、経絡治療という流派を打ち立てた岡部素道、井上恵理、竹山晋一郎の三人のうち竹山晋一郎は森道伯に治療を受けたことがきっかけで東洋医学に目覚めました。

また漢方治療家である森道伯自身も実は鍼を使っており往診に行くときは必ず鍼を持って行ったとのことですが、残念ながら森道伯の鍼の技術は伝わっていません。

本書『漢方一貫堂の世界―日本後世派の潮流』は矢数格先生の弟子の中島紀一先生のもとで学んだ著者が昭和58年に書いたもので、著者は中医学も学んでいるので後世派の漢方の使い方がとても分かりやすく書かれています。

個人的に興味深かったのは、中島紀一が「基本方はワードでこれを組み合わせてセンテンスにもって行くのだ」と述べているところで、一味一味を大切にする中国や厳密な成方の規定を守る日本古方派と大きく異なる一貫堂独自の合方の仕方です。

また、森道伯は、「池の面に月は夜な夜な通えども姿とどめず影も残さず」という歌を愛したとのことですが、まさに「気」の世界を表した歌だと思いました。

参考文献

矢数 格 (1964) 『漢方一貫堂医学』 医道の日本社

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『澁江抽斎』 (森 鴎外著、岩波文庫)(2012年11月)

渋江抽斎』は森鴎外が澁江抽斎について書いた史伝です。

森鴎外と澁江抽斎の出会いは面白く、森鴎外が武鑑(江戸時代の大名や江戸幕府役人について書かれた紳士録)を蒐集しているときに弘前医官澁江氏蔵書記という朱印のある本とたびたび出会い、その中の文中に考証を記すのに抽斎云くと書かれているのがあり、弘前医官澁江氏と抽斎が同一人物ではないか?と思いそれを確かめようとしたところから始まっています。

森鴎外と澁江抽斎は同じ医者であり、同じく武鑑の蒐集家であり、抽斎も鴎外と同じように芸術に造詣が深く、また哲学方面の書も読んでいたので、鴎外は抽斎にかなり思い入れがあったのではないでしょうか?

事実を淡々と述べた文章なのですが不思議と抽斎自身や彼の人柄・人格的な良さも生き生きと伝わってきました。

本書の面白かったもう一つの点は、抽斎と同時代の人が丁寧に描かれていることです。

個人的に面白かったエピソードの一つは、漢方医の池田独美は最初家伝の痘科を一子相伝に止め他人に授けることを拒んだが、一人の良く救う所には限りがある。良法があるのにこれを秘して伝えぬのは不仁であるとの人の諫めに、その後、誓紙に血判をさせて弟子を取った。門人は次第に増えて歿するまでに五百人を超えたというもの。

もう一つは、森枳園(立之)がある事情で仕えていた阿部家の禄を失って江戸から相模の国に夜逃げをし、内科外科だけでなく、頼まれれば按摩や産婆やほねつぎや獣医のまねごとまでしたそうです。

考証学の大家である森立之にもこんな時代があったんですね。

ちなみに森鴎外は漢方医の小嶋宝素や伊沢蘭軒についても書いています。

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『徹底図解 東洋医学のしくみ』(兵頭 明監修、新星出版社)(2012年10月)

患者さんからたまに、「一般の人向けの東洋医学に関する本で何か良いのはないですか?」と聞かれます。

最近はこの『徹底図解 東洋医学のしくみ―気・血・津液から鍼灸、漢方治療まで』を紹介しています。

監修の兵頭先生は現代中医学を日本に紹介した草分けのひとりでもあります。

本書を読めば東洋医学の全体像が分かるように書かれていますので、興味のある方は読まれてはいかがでしょうか。

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『鍼狂人の独り言』(藤本連風著、メディカルユーコン)(2012年8月)

しばらく鍼灸に関する本を紹介していなかったので、今回は『鍼狂人の独り言』を紹介します。

藤本先生のブログ「鍼狂人の独り言」の第1回〜300回をまとめたものです。

専門的な話も多々あり、一般の人が読むには難しいところもありますが、鍼灸の素晴らしさを分ってもらうには一番の本だと思います。

私が説明するよりも、実際に読んでいただくのが一番だと思いますので、興味のある方には是非読まれることをお勧めします。

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『ユルかしこい身体になる』(片山 洋次郎著、集英社)(2012年8月)

ユルかしこい身体になる ―整体でわかる情報ストレスに負けないカラダとココロのメカニズム―』は整体の視点から見た文化論というような本です。

生まれた時からインターネットや携帯があったデジタルネイティブと呼ばれる世代とそれ以前の世代とでは身体が異なり、それは高度な情報化社会に適応するための身体の変化だと著者は言います。

その一つの表れが胸(ツボでいうとダン中の部位)が硬くなるということ。

整体で言うと胸は情報のセンターであり、情報を受け取ると微妙に伸びたり縮んだりしている、それが情報の量が多いとうまく働かなくなり胸が硬くなる。

ちなみに私たち鍼灸師の視点ではダン中は心に関係したツボであり、心に負担がかかっているようなときにこのツボをよく使います。

本書ではこのように胸の硬直化の例として、以前は「頭にくる」と言っていたのが今は「ムカつく」と表現し、頭で考える時代から胸で考える(感じる)時代になってきたのではないかといいます。

他の例として行列に並ぶとき、胸が硬直化している人ほど無意識に自分の前の人と距離を広くとるとか、会話で「僕って○○じゃないですか」というのも無意識に自分と相手との心理的距離を自分を客観視することによってとろうとする働きだと捉えます。

その他にも面白い内容が多々あり読みごたえがありました。

東洋的な身体観が現代に果たす役割は多々あると思いますし、事実古武術や整体の分野からは幾つかの書籍が出版されたりしています。

私たち鍼灸師も、鍼灸・東洋医学・東洋思想という立場から治療はもちろん大事ですが、現代に有用なものの見方考え方を発信していくことも大事だと思います。

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『サトル・オステオパシー』(ザカリー・J. コモー著、たにぐち書店)(2012年6月)

サトル・オステオパシー―伝説のオステオパス ロバート・フルフォード博士に学ぶ叡智』は伝説のオステオパシー治療家であるロバート・フルフォード(1905〜1997)について書かれたものです。

オステオパシーとは簡単に言うと米国で生まれた整体です。

フルフォードはオステオパシーの治療家の中ではどちらかというと異端のようで、オステオパシー自体が自然治癒力という生気論を背景にしているのですが、より進み彼の言葉ではエーテル体(東洋医学の気と似た概念)に対する治療を模索していく過程が興味深かったです。

ウォルター・ラッセル、ランドルフ・ストーン、ブレンダ・ジョンストン、ロバート・ベッカー、ヴァレリー・ハント、キャンディス・パートなど当時の思想家や学者、治療家など様々なところからアイデアを得ながら自分なりの真理を追究していたのだと思います。

本書を読んで思ったのですが、フルフォードは単なる臨床家ではなく、人間とは、生命とは何であるかを探求する哲学者だったのではないでしょうか?そんな気がしました。

東洋医学・鍼灸も気一元、生気論の立場ですが、改めていろんな角度からの情報を参考にしながら東洋医学・鍼灸とは何か、人間とは何か、生命とは何か、という問いかけを日々続けていくことが大事なのだと思いました。

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『病が語る日本史』(酒井シズ著、講談社学術文庫)(2011年7月)

本書病が語る日本史』は、縄文時代から現代にいたるまで迷信の類からポンぺやシーボルトなどの史実に関することまで幅広く病を通して日本の文化史が語られた本です。

著者の酒井シヅさんは順天堂大学名誉教授の医史学者で、TBS系で日曜劇場として放送されたドラマ「JIN-仁-」の医療指導・監修もされています。

ちなみに本書には「茅輪くぐり」の話も載っています。

北の海に住む武塔神が、あるとき南の海に住む女神を訪ねた。

疫隈まで来たところで日が暮れた。

そこには蘇民将来と巨旦将来の兄弟が住んでいた。

武塔神はまず金持ちの巨旦を訪ねて宿を頼むと、身も知らぬあやしげな者を不審に思った巨旦は断った。

つぎに貧乏だが、こころ優しい蘇民を訪ねた。

蘇民は粟がらの座と粟飯しか出せないがといって、快く泊めてくれた。

それから数年たったある年、武塔神は同じ村を神々を従えてやってきた。

蘇民の家を訪ねて、茅でつくった茅の輪を贈って、蘇民将来の子孫はすべてこれを腰につけておくようにといって立ち去った。

その後で疫病が流行したとき、茅をつけた蘇民将来の子孫以外の者はみな死んだ。

これが蘇民将来の伝説で、いまでも神社によって6月の晦日に「夏越しの祓」といって境内に大きな茅の輪が作られ、茅の輪くぐりが行われます。

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小説『許浚(ホジュン)』(李 恩成著、朴 菖煕訳、桐原書店)(2011年05月)

今回は小説『許浚(ホジュン)』の紹介です。

イ・ビョンフンさん演出のテレビドラマ、『宮廷女官チャングムの誓い』や『ホジュン 宮廷医官への道』は私も大変面白く観ました。(ちなみに、イ・ビョンフンさん演出の『イ・サン』がNHK総合テレビで毎週日曜午後11時より放送されています。)

ドラマ『ホジュン 宮廷医官への道』の原作が、『小説 東医宝鑑』で、日本では『許浚〈上〉医の道に辿りつく』、『許浚〈下〉心医の域に達する』として出版されています。

原作者の李恩成さんはシナリオライターで、1976年に許浚を描いた『執念』というテレビドラマがヒットし、そのシナリオを基に小説を書きましたが残念ながら急逝し小説は未完のまま終わっています。

テレビドラマと設定やストーリーなどで幾つか異なる点がありますが、ホジュンが東洋医学に邁進する姿はテレビドラマと同じように小説でも堪能できます。

小説は未完のままで終わっていますが、もし最後まで書かれていたらどんな結末だったのでしょうか?

もし小説が最後まで書かれていたらテレビドラマの結末も変わっていたかもしれませんね。

文庫版として『ホジュン 上』、『ホジュン 中』、『ホジュン 下』(ランダムハウス講談社)があります。

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健康関連書籍

『飲むお茶、食べるお茶 ミャンマー紅茶物語』(磯淵猛著、PARCO出版)(2012年3月)

飲むお茶、食べるお茶―ミャンマー紅茶物語』の著者磯淵猛さんは紅茶研究家で本もいくつも出されています。

ミャンマーにはもともと茶の原木があり、ロエサイペタミャータオンド寺にお茶の伝説があるそうです。

ロエサイペタミャータオンド寺は今から2000年も前に建てられ、孔雀を神の象徴として崇めてきました。

800年ほど前バガン王国のアラウンシドゥ王がこの寺を訪れた時、近くの川で捕えたミャンという鳥が7羽王に奉納されました。このうち2羽ののどが膨らんでいたので中のものを取り出すと何かの木の実でした。王は村の長老にこれを神の実として授けました。長老はその実を受け取る際、王にひざまずき、うやうやしく右手を差し出しました。普通、物をいただくときは両手を出すのがどの国でも一般的ですがこの村では片手で受け取るのがもっとも敬意を表す方法でした。そして長老がこの実を植えたところ、茶の木になった、というものです。

片手のことをミャンマー語で「レテ」、葉のことを「ペ」、それで茶葉のことを「レテペ」というのだそうです。

レテペは緑茶にもされ、その場合はラペチョウと呼ばれ、紅茶にした場合は、ラペイエ。さらに飲むばかりではなく、漬物のように茶葉を1年、2年と漬け込み、サラダ油をかけて、ゴマ、揚げたニンニク、ピーナッツやそら豆とあえて、お茶うけにして食べもします。これはラペットといいます。こんなふうに茶葉を丸ごと飲んで、食する民族、しかもそれが国民食となっている国は無いそうです。タイや雲南省では、一部の民族が食するだけだそうです。

ミャンマーの紅茶専門店で飲むラペイエはよーく煮出した紅茶液に、たっぷりのコンデンスミルクを沈め、スプーンで何十回もかき混ぜて、甘いミルクティーにしてから飲むのだそうです。

お茶の文化が国によって異なりるのはとても面白いことですが、お茶を食べる文化があるというのは驚きでした。

お茶は中国が発祥の地で、お茶の呼び方も中国福建省アモイ系の発音タイ(TAY)を語源にマレー、デンマーク、イタリアでテー(TE)、オランダ、フランスでは同じテーでも(THE)、そしてイギリスのティー(TEA)となりました。

一方、広東系の発音を語源にしたチャ(CHA)からスタートして、日本、ポルトガル、インドまでが同じ発音でチャとして残り、アラビア、トルコ、ロシアへはチャイ(CHAI)として広がりました。

そう考えると、ミャンマーでのお茶の呼び方をレテペというのも独特です。

茶葉の東洋医学的な効能は、キョ風(風邪を取り去る)、清爽頭目(頭や目の熱を取る)、清熱降火(熱を冷まし下に降ろす)、解暑、解熱毒、止痢、利水です。

ちなみに、腎陽虚(五臓六腑の腎の陽の働きが悪い)、脾胃虚寒(五臓六腑の脾胃が冷えて働きが悪い)タイプの人は控えたほうが良いです。

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『黒い牛乳』(中洞正著、幻冬舎)(2011年06月)

本書黒い牛乳 (経営者新書)』は「山地酪農」について書かれた本です。

本書の「黒い牛乳」というタイトルはセンセーショナルですが現在の問題のある日本酪農により作られる牛乳が本当に健康な白い牛乳なのか?という問いかけではないでしょうか。

現在多くの牧場では牛は一頭当たり一坪にも満たないスペースにつながれ、栄養価の高い穀物飼料を食べさせられて、より多くのお乳が出るようにしむけられているミルク製造機械のようになっていて、そのほとんどの牛がその一生を牛舎で暮らすというものです。

これが本当に健康な在り方なのか?

牛は本来人間などが消化できない草を消化吸収できるように胃が4つある。

それが草を食べずに穀物飼料に偏った牛は第4胃変異の病気にかかったり、第1胃が酸性化して消化不良を引き起こすなどの問題が多発しその為薬剤が使われています。

このような要因として牛乳があまりにも工業製品のように大量生産の枠組みで生産されている面があります。

広い牧場の草原でゆったり牧草を食べる牛の乳では搾取量が少なく生産効率が悪いし、本当においしい牛乳ということであればガラス瓶のほうが美味しいが製造コストも安く扱いやすい紙パックが使われていたり、殺菌の方法も本来は低温保持殺菌法(63〜65度で30分殺菌、加熱臭がなく生乳に近い豊かな風味)のほうが美味しいのに大量生産に向かないので多くは超高温短時間殺菌法(120〜135度の高温で1〜3秒の殺菌法、大量生産に向いている、賞味期限が長くなる、加熱臭が出る)が用いられている。

また消費者の側にも濃い牛乳が美味しいということで不自然な牛乳を要望している面があったりします。

自然の中で草を食んで生きている牛が作り出す生乳の乳脂肪分は本来3.0〜3.5%程度。

夏場水分の多い青草を餌にしている期間は乳脂肪分は低く、乾草が主体となる冬場には乳脂肪分が増加する。一年中3.5%以上の成分無調整の牛乳が販売されるのは輸入穀物飼料を主体にした牛舎飼いという飼育方法なしには成立しないのです。

有機栽培や無農薬の野菜・米が話題になっているなか酪農もそのような自然な在り方ができないのか?

そこで山地酪農という方法が本書で示されています。

基本的に牛に草を食べさせる放牧酪農で搾乳のときだけ牛舎に牛が来るというもので、日本には広大な面積の山林があり年々山林の荒廃が進んでいます。その山林に牛を放ち下草を放牧した牛に食べさすと同時に下草刈りをさすというもので山林の荒廃も同時に防げるというものです。

詳しくは本書を読まれると良いと思いますが、個人的には健康というものを扱っている身として、健康とはどうあらねばならないのか、社会や自然と不可分である個人の健康の在り方についてあらためて考えさせられました。

『黒い牛乳』の著者中洞正さんの牧場「中洞牧場」

●〒027-0505 岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸字水堀287

●電話 050-2018-0112

ご当地牛乳グランプリ【最高金賞】
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武道・東洋思想関連書籍

『真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学』(林田明大著、三五館)(2012年7月)

真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学』は陽明学について非常に分かりやすく書かれている本です。

陽明学とは中国・明の時代に王陽明によって生まれた儒教の一つの流派です。儒教は孔子によって打ち建てられた中国を代表する思想で、宋の時代朱子によって朱子学という形で大きな展開をむかえます。陽明学は朱子学への一つのアンチテーゼとして生まれた側面があります。

陽明学は中国よりも日本において大いに広まりました。特に幕末の雄藩や庶民の間で大きく広がり明治維新やその後の日本の発展にも大きく貢献しました。

陽明学を簡単にいうと「致良知」(良知を致(いた)す)ということで、良知とは仏教でいえば「仏性」のことで誰もが本来持っている天とつながる本当の心です。それを「致す」つまり「行う」ということです。

「良知を行う」というこで誰でも分かる簡単なことですが実際に行動するのはなかなか難しいです。

それは人間には欲や感情があるから、一律に欲や感情を抑えつけるのではなく、陽明学では良知によってそれをコントロールすることを学びます。

だから、陽明学では仏教のように出家するのではなく、日常生活そのものが、世俗の中で困難にあいながら良知を致していくことが自分自身を高める重要な修養だと考えるのです。

陽明学のいいなぁと思うところは神や教祖を崇めるようなものではなく、あくまで自分自身の内なる声、本当の心、良知に従って行動していくということです。

久しく混迷な時代と言われ人生の羅針盤が必要とされる現代、陽明学のようなものが求められているのかもしれません。

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漢字関連書籍

『古事記の暗号―神話が語る科学の夜明け』と漢字(2011年12月)

古事記の暗号』(藤村由加、新潮社)は古事記を易の思想と漢字で読み解こうというものです。

大国主神は大地・坤為地であるというところから始まって、いなばのしろうさぎの話、根の堅州国の話、少名毘古那神との国作りの話、天津神への国譲りの話などを読み解いていきます。

単純に神話・お話しとしても古事記は面白いですが、いろいろな解釈があっていいと思いますし、面白い視点だと思いました。

鍼灸も含め東洋の学問を修めるには易の思想や漢字についての知識が必要です。

本書では、漢字についは主に音韻学の藤堂明保先生によっています。

藤堂先生は全く違う漢字でも同じまたは似ている音で読まれる漢字は共通の意味を持っているという単語家族という考えを出されました。

例えば「包」は「お腹に赤ちゃんのいる様子」、「宝」は「財貨を大切に家の中にしまっている様子」、「保」は「赤ちゃんを抱いている様子」という意味です。

それぞれ別の漢字ですが、ホウ・ホと同じ音で「丸く包む」という共通の意味があり、音そのものの中に意味があるという考えです。

話は飛びますが漢字といえば他に白川静先生という方がおられます。

白川先生は甲骨文字や金文といった漢字の字形の成り立ちから研究された方で、『字統』、『字訓』、『字通』などがあります。

漢字を学ぶなかで『説文解字』という有名な中国最古の字書があります。

540部に分けられていて、天を表す「一」が最初で、中間に「人」、末部に地を表す「二」が配置されているそうです。

そして540という数字は陰の数の代表の6と陽の数の代表の9を掛けた数を10倍したものだそうです。

天地人と陰陽つまり宇宙がこの中に表されているということです。

漢字一つとっても奥が深いですね。

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評論・エッセイ関連書籍

『梅棹忠夫 語る』(小山修三著、日経プレミアシリーズ)(2011年10月)

本書梅棹忠夫 語る』を読んで、梅棹先生は20世紀の知の巨人だと改めて思いました。

いちばん心に残ったのは、「自分の目で見て、自分の頭で考える、これが大事や。」というフレーズです。

もちろん梅棹先生は文献などは事前に読み込んでおられるのでしょうが、自分の目で見て、自分の頭で考えるからこそ自由な着想が生まれ、これまでのパラダイムを変えるような胸がわくわくする発見が出来るのではないかと思いました。

小山先生は私の師匠藤本蓮風先生の飲み友達でもあり鍼の患者さんでもあります。

国立民族学博物館の名誉教授という偉い先生なのですが、普段は冗談ばかりいう面白い先生です。

私が藤本先生の内弟子のとき治療の待ち時間に一度アボリジニについてお話ししてくださった思い出があります。

内容紹介
権威をかざす学者・評論家、世に跋扈する“似非インテリ”たちにガツンとひとこと言ってやろう。「あんたは自分で確かめたのか?」――「知の探検家」梅棹忠夫が自由奔放にその哲学を語った最後の“梅棹ワールド”。 (「Amazon」からの引用)

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落語関連書籍

『立川流鎖国論』(立川志らく著、梧桐書院)(2013年8月)

立川流鎖国論』の著者である立川志らくさんの祖父は、灸の名人として有名な深谷伊三郎さんです。

本書は師である立川談志や兄弟弟子や自分の修業時代や仕事に関して綴った内容のものです。

鎖国論というちょっと刺激的なタイトルですが、立川談志が落語協会を飛び出したあと立川一門は寄席に出られなくなりました。

かっては落語家は寄席が主要な活躍の場で、特に経験の浅い新人には大事な修業の場でたくさんの落語家を観て学ぶものだったのが、立川一門は師である立川談志と兄弟子しか観れないいわば鎖国状態でした。

そんな鎖国状態の中から志の輔、談春、志らく、談笑のように才能のある人材がでました。

本書での鎖国は要約するとそういうことで、「傑出した文化は鎖国から生まれる」とも書かれています。

考えてみると鎖国をした江戸時代は歌舞伎(かぶき)、浄瑠璃(じょうるり)、浮世絵(うきよえ)などの日本にしかない独特の文化が花開きました。

国家における鎖国か開国かは、その時代の国内情勢や世界情勢によって鎖国、開国のそれぞれのメリット、デメリットを勘案しながら考えるべきものでしょうが、落語と鍼灸で世界は違いますが弟子にとっては修業時代にいっとき鎖国状態になることが大切だと思います。

修業時代の鎖国とは師匠に染まりきることです。

本書では「師匠との価値観の共有」と書かれてますが、価値観を共有できなかった人は消えていき、共有できた人が残っていく、そういう世界なのでしょう。

価値観の共有といっても師と全く同じになれるわけもなく、本書で書かれていますが、談志と全く違うアプローチで師匠越えを狙うのが志の輔・談笑、談志の古典落語の美学・テクニックの部分でぶつかっていったのが談春、談志の了見・感覚の部分でぶつかっていったのが志らくということになるのでしょう。

志らくさんは談志師匠の影響で懐メロがの大ファンになり、映画やミュージカルもだいぶ影響を受けたそうです。

師と弟子について考えさせられる一冊でした。

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