「院長の独り言」ジャンル別

「院長の独り言」をジャンル別でご紹介しています。鍼灸・東洋医学に対してもっと身近に感じていただこうと、一般の方にわかりやすく鍼灸・東洋医学にまつわるトピックを中心にお届けします。民間薬草や健康食材にまつわる話、鍼灸・東洋医学・健康に関する一般書などもあわせてご紹介いたします。

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「院長の独り言」ジャンル別〜2017年〜2019年に紹介した書籍

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鍼灸・東洋医学関連書籍

『老人必用養草』(香月牛山原著、中村節子翻刻訳注、農文協)(2018年7月)

『老人必用養草』は江戸時代の後世派の医者である香月牛山による養生書です。本書『老人必用養草(ろうじんひつようやしないぐさ)―老いを楽しむ江戸の知恵』は、その江戸の叡智を現代人の参考にと読みやすく活字化し、現代語訳したものです。

江戸時代の養生書としては貝原益軒の『養生訓』が現代では有名ですが、香月牛山はこの『老人必用養草』の他に『婦人寿草』という婦人科の養生の本や、『小児必用育草』という小児の育児書も書いています。

この『老人必用養草』は5巻から成ります。
第1巻は総論で養生の大切さを述べています。
第2巻は飲食について、第3巻は衣服、住居、季節ごとの養生について、第4巻は精神の保養、身体の保養、性欲について第5巻は老年の疾病治療について書かれています。

個人的に面白かったのは、第1巻で炭火の例えで養生の大切さを述べたところです。
炭は品質によって灰になるのが速いのと遅いのとがあるが、速く灰になる品質の悪い炭もいろりのなかで温かい灰をかけて保存すれば長持ちする。
このように人も養生をすればたとえ生まれつき身体が病弱でも身体を長持ちさせることができると説き、40歳代を老化の始まりとして若い頃から元気な人も40歳代から養生に努めた方が良いといっています。
そして第4巻の身体の保養のところでも40歳代からはそれまでとは仕事のやり方を変えるべきだとも述べています。

現代と江戸時代では異なる部分もあるので、この本の内容をすべて無条件には受け取れない部分もありますが、ある程度早い年代から養生に努めた方が良いというのは私も賛成です。

養生は習慣ですので、高齢になってから、「さあ、やろう」と思ってもなかなか難しいです。
運動一つとっても、日頃から運動不足の人はある程度まだ筋肉があるうちに運動する習慣をつけることが大切です。

しかし結局のところ、歳を経ていくとどうしても10代、20代の頃とは違い身体は衰えていきます。
そんななかで、今の自分の身体に合わせて、日々の生活や仕事を行う。
それが香月のいう40歳代からはそれまでとは仕事のやり方を変えるべきだということだと思います。

今の自分の身体と日々の生活を調和させる、それが養生の極意なのではないか、本書を読みながらそんなことを考えました。

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『アイヌの知恵 ウパシクマ』(語り:中本ムツ子、新日本教育図書株式会社)(2018年5月)

アイヌの知恵 ウパシクマアイヌの人たちの暮らしの知恵の伝承をウパシクマといいます。

例えば洗濯の水は灰を入れて沈殿した上澄みを使うなど(昔は川の水を汲んで生活に使用していた)、その知恵は生活全般にわたり、薬草の知恵もその中に含まれます。

薬草の知恵としては、

  • 頭痛にナギナタコウジュをお粥に混ぜて食べる。
  • 傷にはヨモギの葉を揉んで傷口の上に貼りフキの葉を被せ、フキの茎で縛る。
  • 虫刺されにはハコベを揉んで汁と一緒に葉を付ける。
  • 背中の腫れものにあぶったオオバコを貼って排膿を促進させる。
  • 足首のねん挫にはエゾテンナンショウの根を擦って貼る。
  • 膝痛にはニワトコの枝先を煎じてそこに足を入れて温める。
  • 腹痛にはキハダの皮を削り黄色い部分を細かく削って水と一緒に飲む。

などがこの本には書かれています。

多くは漢方薬などの生薬としても使われていて生薬名は、「ヨモギは艾葉」、「オオバコは車前草」、「テンナンショウは天南星」、「ニワトコは接骨木」、「キハダは黄柏」となります。

身近な植物の中に薬用となるものが沢山ある、本当に自然の恵みですね。

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『杏林史話・伝説―神代から現代まで』(松田義信著、東洋出版)(2017年10月)

杏林史話・伝説本書『杏林史話・伝説―神代から現代まで』は古くは神農や黄帝などの伝説から新しくは中国の文化大革命による伝統医学への排撃など中国医学の歴史上のお話しが書かれています。

本書のタイトルともなっている杏林の伝説は次のようなものです。

廬山に住む董奉は仁医として知られ、貧しい人から報酬を受け取らなかった。

それで村人たちはお礼として董奉の家の周りに杏の木を植えた。

やがて董奉の周囲は広大な杏の林となった。

杏の実がなると董奉はこれを貧しい村人達に配った。

董奉が亡くなると村人はその徳を慕って杏の林の中に董奉の祠を建て、「董仙杏林」と呼んで守り続けたという。

これ以来、杏林の二字は仁医を、さらには医界や医家を指すようになった。

日本においても杏林の二字を使った製薬会社や大学があり、また薬局などの医療関連施設でもよく使われています。

本書の中で、個人的に面白かったのは、堂の由来です。

歴史的に医院や薬店に「堂」の文字をつけることが多いのですが、その由来です。

昔の中国には2タイプの医師がいました。

一つは、「鈴医」といい鈴を鳴らしながら街や辺鄙な村を巡り、求めに応じて医や売薬を行うものです。

もう一つは、張仲景が始まりと言われていますが、「座堂行医」といい公堂に坐して大衆に医を行うものです。その後、居をかまえて医を行うその医院や薬店に堂の名前を付けるようになった、というものです。

日本においても堂の付く病院や薬局や鍼灸院が(当院もそうですが)けっこうあります。

なにげない名称のなかに、歴史的な意味が含まれているのですね。

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『日本の名薬』(宗田 一著、八坂書房)(2017年9月)

本書『日本の名薬』は、万金丹、反魂丹、ガマの油など日本各地に伝わる薬について、それぞれの薬の由来や当時どういう様子だったのか、ということが書かれています。

現代でもそうですが、江戸時代も医者に処方される薬と一般の人が自分で買う薬がありました。

万金丹、反魂丹、ガマの油などは一般の人が自分で買う売薬でした。

万金丹はお伊勢参りのお土産として伊勢白粉とともに全国に広まりましたし、反魂丹は越中富山の売薬行商による配置薬として全国に広まりました。

ガマの油は香具師が露店で口上とともに販売していました。

ガマの油の口上は関東と関西で異なり、関東では筑波山で関西では伊吹山だったようです。

面白いのは万金丹、反魂丹、ガマの油、それぞれ落語のお話の中に出てきます。

それだけ庶民に親しまれていた、ということなのでしょう。

あと面白かったのは、近江の返本丸、これは牛肉の味噌漬なのですが、彦根藩から徳川将軍などに毎年寒中見舞いに薬用として送られていました。

江戸時代は基本的には肉食はしていなかったのですが、薬餌としての肉食、いわゆる薬喰として猪、鹿、牛などの獣肉が食べられていました。

また薬喰に広くは鮭、鰻、鶏卵なども含めていたようで、動物性たんぱく質を薬として服用していたことがわかります。

本書を通して江戸時代の薬の様子が垣間見えてとても面白かったです。

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武道・東洋思想関連書籍

『日本の名著〈20〉三浦梅園』(山田慶児責任編集、中央公論社)(2017年7月)

本書『日本の名著〈20〉三浦梅園』には三浦梅園の著作の『玄語』『贅語』『造物餘譚』(『玄語』『贅語』は抄録)が収められています。

三浦梅園は江戸時代の思想家です。

三浦梅園の著作は難解なので、その思想は分かりづらいのですが、簡単に言うと、条理学という独特の陰陽論を打ち立てました。

時代は西洋の学問が日本にどんどん入り、特に天文学や解剖学の影響は大きかったときでした。

そんななか三浦梅園はおそらく今迄の伝統的な陰陽五行理論ではこの世界・自然をうまく説明できないと考えて新たな説明工具として条理学を作りだしたのだと思います。

解説で山田慶兒はシンメトリーの哲学と三浦梅園の思想を表現していますが、三浦梅園の思想の特徴は、五行を否定し、「反観して合一する」ものを陰陽の対として捉え、その陰陽の対が無限に続いていく世界観です。

易でいえば、太極から両義が生れ、両義から四象が生れ、四象から八卦が生まれる。

つまり、一から二が生まれ、二から四が生まれ、四から八が生まれる。

梅園の思想では、それが無限につづく世界です。

三浦梅園はその体系を作るのに、新たな用語や定義など工夫をしています。

天円地方という言葉があるように伝統的には円と方(四角)が対ですが、三浦梅園は直円を対としました。

日月も伝統的には対ですが、三浦梅園は日影を対としました。

また、声(名称)と主(実体)、反(反対のもの)と比(同類のもの)、剖(全体と(分かれた二つの)部分との関係)と対(分かれた二つの部分同士の関係)というように新たな定義づけをしています。

私が個人的に好きなのは「一はとりもなおさず一一であり、一一はかくて一である」という『玄語』(本宗 陰陽)の中の言葉です。

いままでの伝統では「一は二を生じる」というものですが、三浦梅園は「一は一一を生じる」と言っているのです。

二ではなく一一としているところが面白いです。

これは太極から分かれた陰陽という二つの部分と太極という全体の関係性を述べているのであり、太極から分かれた陰陽はそれぞれ太極である。

つまり全体から分かれた二つの部分はそれぞれが全体性を持っている。

現代でいえばフラクタルやアーサーケ・ストラーのホロンに類する概念を考えていたのだと思います。

また、「反観して合一する」という考えはヘーゲルの正反合の弁証法との類似も指摘されています。

三浦梅園の思想は、東洋思想のいくつかある発展の可能性の一つと言ってよいのかもしれません。

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日本史関連書籍

『大江戸生活体験事情』(石川英輔・田中優子著、講談社)(2017年5月)

本書『大江戸生活体験事情』は、江戸時代の専門家である著者たちが文献や絵からの知識だけでなく、実際に江戸時代を体験してみようという、面白い企画の本です。

実際に火打石を使って火を付けてみたり、行燈や旧暦で暮らしてみたり、着物や下駄で生活してみたりしてどうだったかということを感想とともに書いた本です。

当然ですが、現代の方が圧倒的に便利です。

本書に書かれていますが、江戸時代の生活は、ご飯を炊くのにも知識と経験が必要な非常に手間のかかる生活で、現代の炊飯器でご飯が炊ける時代とは便利さが違います。

その半面、江戸時代は非常にエコな、省エネルギー、省資源の低コストの社会でした。

着物は何度でも仕立て直しをするし、燃やすものも薪や拾った枝で賄える社会でした。

現代社会は社会を維持するのに非常にコストのかかる高コストの社会です。

電気にしろ、販売されている商品にしろ、大量生産、大量消費が社会の基盤となっています。

経済効率の重視がその背景にはあるのですが、無駄を多く生むシステムでもあります。

まるっきり不便な社会に戻るのは不可能に近いですが、ある程度の不便さを皆が受け入れてでも、社会のコストを下げることを考えるのも必要なのではないかと本書を読んで思いました。

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